心に花を 心に棘を
2004年11月29日だいぶ仕事は落ち着いてきたような気がする。
気だけでも・・・・いい感じ。
時間が出来るといろいろ考えちゃうだよね
(時間がなくてもぼんやりと考えていること多いケド・・・・)
地下鉄に降りる階段、自分が通うところって
ベッドタウンなんだよね
だから帰りの時間には、乗る人よりも降りる人のほうが
圧倒的に多い。
電車が着たのか、ものすごい人が階段を上がってくる。
そんな雑踏の中
「自分って誰かに愛されてるのかなぁ」
なんて、ふと思ってしまう。
突然なんでそんな思いが浮かんだのかは分からない。
この前何かで読んだんだけど
「愛する」というのは、その人をどこまで「許せる」か
ということらしい。
そういわれてもピンとこない。
ここで考えが詰まってしまったので、また別の話題を考える。
この頃、なんか自分にとって「好きな人」「嫌いな人」の
区別付けがされている。
そして態度に出てしまう。
大人なのにね、大人気ないね・・・・・
そんなことを思っても、やっぱり生理的に合わないという
そういう感覚がある。
実際には自分にはさほど有害な人ではないのにな。
これもまた何かで読んだ話
「AさんはBさんもCさんも好き」
「BさんはAさんは好きだけど、Cさんは嫌い」
「CさんはAさんもBさんも嫌い」
ここで一番幸せなのはAさんであるという話。
BさんやCさんは誰かのことが嫌いということで
自分の心に嫌な空気を作ってしまう。
嫌いな人がそばにいるって耐え切れないもんね。
その点Aさんは嫌いな人がいないわけだから、そんな感情を持つことは無い。
誰かを恨むこともないんだもん。
嫌いな人を好きになるということはその人を「許す」ってこと?
「許す」ってことは、その人のことを「愛する」ってこと?
そんなことを考えている間に、電車が地元駅に着いちゃった。
考え事しながら帰るのは危険だから、今日はこの辺にしておこう。
気だけでも・・・・いい感じ。
時間が出来るといろいろ考えちゃうだよね
(時間がなくてもぼんやりと考えていること多いケド・・・・)
地下鉄に降りる階段、自分が通うところって
ベッドタウンなんだよね
だから帰りの時間には、乗る人よりも降りる人のほうが
圧倒的に多い。
電車が着たのか、ものすごい人が階段を上がってくる。
そんな雑踏の中
「自分って誰かに愛されてるのかなぁ」
なんて、ふと思ってしまう。
突然なんでそんな思いが浮かんだのかは分からない。
この前何かで読んだんだけど
「愛する」というのは、その人をどこまで「許せる」か
ということらしい。
そういわれてもピンとこない。
ここで考えが詰まってしまったので、また別の話題を考える。
この頃、なんか自分にとって「好きな人」「嫌いな人」の
区別付けがされている。
そして態度に出てしまう。
大人なのにね、大人気ないね・・・・・
そんなことを思っても、やっぱり生理的に合わないという
そういう感覚がある。
実際には自分にはさほど有害な人ではないのにな。
これもまた何かで読んだ話
「AさんはBさんもCさんも好き」
「BさんはAさんは好きだけど、Cさんは嫌い」
「CさんはAさんもBさんも嫌い」
ここで一番幸せなのはAさんであるという話。
BさんやCさんは誰かのことが嫌いということで
自分の心に嫌な空気を作ってしまう。
嫌いな人がそばにいるって耐え切れないもんね。
その点Aさんは嫌いな人がいないわけだから、そんな感情を持つことは無い。
誰かを恨むこともないんだもん。
嫌いな人を好きになるということはその人を「許す」ってこと?
「許す」ってことは、その人のことを「愛する」ってこと?
そんなことを考えている間に、電車が地元駅に着いちゃった。
考え事しながら帰るのは危険だから、今日はこの辺にしておこう。
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